浦上雅彦のひとり言

市会議員浦上雅彦の活動日記

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八朔の雛祭り

本日は兵庫県たつの市室津で開催されている「八朔の雛祭り」の最終日………なんとかスケジュールを調整し、室津へ車を走らせた。

長年備前国の守護代だった浦上家は、備前から播磨国の室津まで、二つの拠点を頻繁に往き来したわけだが…………移動手段は何だったのか?やはり馬か?いや船か?などと思いを馳せながら………自宅から約一時間で室津へ到着。


永禄七年(1564)正月、浦上惣領家に嫁いで来た姫が、婚礼の最中に敵対する赤松家に急襲され、絶命するとゆう悲劇がおきる。

姫路城から室津(室山)城に嫁いで来たお姫様は、姫路城主黒田職隆の娘で、黒田官兵衛の妹であった。襲いかかる赤松の兵に対し、果敢に薙刀で応戦したとゆう。

室津城下の人々は、祝言を挙げたその日に命を落としたお姫様を悼み、三月の雛祭りを中止し、八朔(旧暦の8月1日)まで雛祭りを延期した。

室津には、400年以上経った今でも、そのなごりが残っており、八朔(はっさく)の雛祭りは室津の夏を盛り上げる一大イベントなのだ。


室津周辺には、至る所に「八朔の雛祭り」の幟が立てられており、祭りの気運を高めています。観光客もチラホラと………海外の方も来ていました。


自宅の玄関先に、誇らしげに飾られたお雛様、一軒、一軒、家宝の雛人形を見て回る。この雰囲気………私はやはり室津が好きだ。今年も来れた………最終日だけどね。嬉しい気持ちだ。


たつの市の歴史資料館には、特別古いお雛様が展示されていて、お雛様の宝飾品には浦上家の紋が入っていました。室町時代の将軍家の紋章です。下賜紋です。


やはり、備前国と播磨国は繋がっていたんだなぁ………その後浦上家がどうなったのかが、わかってるので複雑な気持ちになりました。。。


その日、室津(室山)城は落城………播磨国の戦国大名浦上政宗、その嫡男、そして次男も、お姫様共々討ち死にしました………その後は、三男の誠宗が浦上惣領家を継承しましたが……

わずか三年後に備前国の戦国大名浦上宗景(政宗の弟)が、誠宗を暗殺してしまいます。こうして浦上家の嫡流は身内により滅ぼされてしまうのです。


まだまだ続く浦上家の悲運……浦上宗景が家臣の宇喜多直家に謀反をおこされた時、宗景討伐の義を掲げて、浦上家の正当な後継者なる、浦上久松丸とゆう少年が総大将に立ちました。
この少年、浦上惣領家の政宗の血を引く子供で、くせ者、黒田官兵衛が匿って育てていました。一説には、官兵衛の娘の子とも………


浦上家の正当な後継者……この少年の存在により、浦上家の旧臣達も少しずつ宗景から離れだし、この少年のもとに集まってきました。宗景を討伐する大義……いずれにしても、この絵を描いたのは、宇喜多直家と黒田官兵衛である。


ここから先は、また今度!

ここでひとつ……僕は言いたい!
兄弟仲良くせられーよ!
家が滅ぶよ!

「三本の矢」を説いた毛利家とは、えらい違いや(笑)



さあ、今日から9月!

秋に突入です。

愛する愛する岡山市民の皆様、あなたの世界が優しさで溢れるセプテンバーとなりますように。。。


強く祈ります。





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コメント

★ 優しさであふれる・・・

セプテンバーのために、教えていただきたいことがあります。

例のマンモス跡地のことなのですが、何やらブルドーザーやら重機がわんさか集合しております。
これは大阪ガスのパイプラインの工事が始まるためでしょうか、それとも、
あの産廃・・・・。
もし何かしらの情報をお持ちでしたら教えていただければありがたいです。

う~ん。気になって眠れない。

★ 操明学男さん

ある情報をつかんでいます。明日、ウラを取ってから必ず伝えます!
あなたが本当に眠れなくなるかもしれない話しです。

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