浦上雅彦のひとり言

市会議員浦上雅彦の活動日記

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

備前軍記

F1010142.jpg
岡山の戦国武将展の反響が、色々出てまして……

私の仲間、関係者や親族も含め、みんなすごく喜んでいます!

この企画展に携わられたすべての方、また県の有識者のみなさんに感謝したいと思います。。

凄い!浦上の各時代の武将の品々が、三十品以上出展されていますね。

博物館とは言え、五百年以上も昔のものが………あるところには、あるんですねぇ~驚愕です。


お伺いの件は………


子孫の方も、おられますのでね。。。。


ただし………浦上がいたから赤松が覇者に、宇喜多がいたから浦上も覇者に………なれたのだと。。。信頼に満ち、二人三脚で生きた時代も確かにあったのだと………


そう思いたいですね。


岡山市内にある宇喜多家の菩提寺に、児島の児の字を染め抜いた旗が舞い、そのまわりに戦国武将のおっかけ少女が殺到しているところを、偶然、車で通りかかった事があります………そりゃあ、浦上家としては、淋しい気持ちになりましたよ。

当然そうです。

しかしね………能家公には浦上家も大変お世話になったわけだし。。。

時は戦国、勝った者が笑うのです!

曇り深い浦上家としては……とにかく、世のため、人のために頑張る!

明るく、元気に、笑顔で、
それしかないのです!!

写真は「乱菊物語」にも出てくる室町時代の浦上家の定紋です。

檜扇(ひおおぎ)と言います。









スポンサーサイト

コメント

★ 村上水軍さん江

それを聞きますか?

ではハッキリ申し上げます。
浦上家の為に何千人とゆう兵が討ち死にしておりますが、最後に敗れておりますので、勢力体はバラバラとなり、死体の山もそのままに、450年経った今でも何にも出来ておりません。

したくても、どうにもならなかったのです。

敗れた方は必ずそうなります。


国と国の戦争ではなく、いち浦上家の都合で、湾岸戦争ぐらいの死者を出すわけですから……

重すぎる。。

一方、潰されずに生き残った戦国武将の一族は、命を賭けて散って逝った家臣の供養も、残された家族の面倒もみる事が出来ます。
ゆえに栄え、子孫の方はみなさん、天皇家と深い関わりを持っておられます。


ゆえに……
曇り深い、とゆう表現をさせてもらいました

コメントの投稿


管理者にだけOK

トラックバックURL

プロフィール

浦上雅彦

Author:浦上雅彦

最近の記事
最近のコメント
twitter
月別アーカイブ

最近のトラックバック
FC2カウンター

カテゴリー
フリーエリア

ブログ内検索

RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
right before the "BODY" end tag (
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
)